« 「演説」という娯楽(2) | トップページ | 藤崎海外進出 »

2011年8月31日 (水)

仙台の女学生

20110823kh

明治時代の女性の服装というと、思い浮かべてしまうのは、
昨今の卒業式でもおなじみの袴姿に編み上げブーツだが、
あのスタイルは当初、女性にあるまじきスタイルであったらしい。


袴は本来男性が着用するものであった。しかし着物の裾の乱れを気にする
ことなく動き回れることが好まれ、女学生を中心に女子も袴を着用する様になった
のであるが、石井研堂氏の『明治事物起原』によれば、
明治五年、とある雑誌に、
「男子の服を着して活気がましき風俗を為すと既に学問の道
他に馳せて女学の本意を失ひたる一端」

つまり「女のクセに男の恰好なんかして活発に活動するのは女性の道を
外れておる!」
と女性の袴姿を批判する記事が掲載されていたという。


そういうオンナの道に外れた格好が今や卒業式、入学式で半ば正装の
様になっているのだから、ご先祖様達も草葉の陰でびっくりなさっている
ことであろう。



仙台でも明治時代に多くの学校が創設されており、当然女学生の皆さんも
大勢おられた。当時の写真から百年以上昔の、仙台の女学生の姿をみてみたい。


まずはティーンエイジャーから。

20110831js

これは時期は不明なものの明治時代の
東一番丁小学校の同窓会写真。リボン、かわいいです。
校長先生らしき男性は洋装、真ん中の先生は袴姿。


次は服飾系専門学校のおねえさんたち。

20110831mg
長谷柳絮学校(現・仙台青葉服飾福祉専門学校)
明治20年頃の卒業生。

20110831sg
こちらは松操学校というやはり裁縫学校の
集合写真。創設者の朴沢三代治氏は本来マンツーマンで
行われる裁縫の指導を研究し、大勢に一度に行える
指導法を確立。その指導法を学ぶために全国から
生徒が集まったという。
ここに写っている女性達は皆卒業後は裁縫の教員となった。


20110831tg
これは一寸反則で大正初期。後に仙台二女高と合併した私学・東華高等女学校の
生徒。制服なのかセーラー服風にラインの入った袴がかわいらしい。


20110831mgs

宮城県女子専門学校の生徒。後に東北大学に吸収されるので
今だと女子大生のおねえさんか。まんなかの女子はメガネ女子だ。



〈写真引用〉
仙台市『新 目で見る仙台の歴史』 1989


« 「演説」という娯楽(2) | トップページ | 藤崎海外進出 »

生活」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1514053/41433689

この記事へのトラックバック一覧です: 仙台の女学生:

« 「演説」という娯楽(2) | トップページ | 藤崎海外進出 »